初個展を機にフリーランスになった。
まずはヘッポコイラストレーターとして活動を始めた。
「自由だ〜〜!!」と喜ぶ気持ちはああったものの喜んでばかりはいられない。
なんたって妻子持ちの身だからのんびりとはしていられない。
冷静に考えれば発狂しそうな状況だが、発狂なんて許されない。
既に狂ってると友人たちからから言われている。
僕はショボ〜〜イ絵の資料を持って出版社を走り回った。
どの出版社も新人には優しい。
大抵お試し仕事を出してくれる。
「人の倍やって半人前」そんな決意だったが、実際半人前以下だったから必死だった。
ひとつのカットに数点描き、気に入ったイラストをいつも2点提出していた。
そんな努力を担当者は見ている。
イラストレーターの仕事は僕に合っていた。
サラリーマン時代は広告のデザインをやっていたのでクライアントの求めるものがよく分かった。
何せ数ヶ月前まで仕事を出す方だったから。
最初は小さなカットイラストから始まった仕事も徐々に認められ仕事も増えていった。
とは言っても月に10万円稼ぐのがやっと。
女房子供持ちなので10万円では暮らせない。
そこで並行してデザインの仕事もやっていた。
イラストの仕事とデザインの仕事の両方でなんとか生活が出来たのだが、
2つの仕事を持つのは自分に合っていた。
今もそうだが絵とパフォーマンスの二つをやっているおかげで精神的に満たされている。
絵だけやっていると1ヶ月誰とも会わない事がざらにあるが、
光り絵のパフォーマンスをやれば色々な人と関わることが出来る。
僕は人と何かやるのが好きだ。寂しがり屋なのだ。
何はともあれヘッポコイラストレーターとして何とか自立し始めた。
フリーランスになって一番良かったことは劇的に友人が増えた事だった。
同業者のイラストレーターは勿論、写真家、ミュージシャン、詩人、様々な気のあう友人たちと出会い、
刺激を受けて自分の価値観が変わっていくのを感じた時期だった。
サラリーマン時代には決して得ることが出来なかった経験だ。
勿論お金では苦労したが、得た物は遥かに多い。
人生は冒険だと当時しみじみと感じていたのを覚えている。
No responses yet