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オイルパステル

僕は独立してすぐに出版社への売り込みを開始した。

新人にはどこも優しい。どこもお試し仕事を出してくれる。

このお試し仕事が大切だ。気に入ってもらえれば次の仕事がもらえる。

最初にもらった仕事は雑誌社からだった。

5センチ角ほどの小さなカットだった。

5~6点ほど描きそのうち出来の良かった2点を選び出版社に持って行った。

「人の倍やって半人前」計画通りに歩き始めた。

その仕事は気に入ってもらって次の仕事をもらい、また2点描きさらに気に入られ次の仕事。僕の仕熱心さが気に入られた様で他の出版社でも注文される仕事が少しずつ大きくなっていった。

「人の倍やって半人前」そんな勢いで絵を描いていれば当然腕も上がってくる。学校や趣味で家で描くのとは訳が違う。お金をもらって勉強しているのだ。家族の生活がもろにかかっている。必死さが違うのだ。

自分で言うのもなんだがこの1年で相当技術を上げたと思った。

仕事も最初の小さなモノクロのカットから雑誌の表紙や広告のイラストまで幅を広げて忙しくなっていた。

イラストの仕事は僕に合っていた。何せデザイナーだったからイラストを外注していた立場だ。だからクライアントの欲しがるものが理解できた。そう考えると広告の仕事をやっていたのは無駄ではなかったとしみじみ感じた。

独立して一年経つと仕事のこつを覚えてきた。

しかし少し余裕が出て来ると描く絵に対して不満も出て来る。

いい加減なスタートのわりにかなり上手くいっているのだが、僕は自分の絵に全く満足していなかった。

当然だ。ヘッポコイラストレーターが偶然うまくいっていっているに過ぎない。ちゃんと分かっている。なんとか誤魔化しているがヘタッピだ。

僕は絵の技術をあげたかったし自分らしい独時のスタイルも欲しかった。

というかプロとして生きていくには絶対必要だった。

この一年で沢山のイラストレータと会った。

同年代のイラストレータ達は美術学校で学び基礎をしっかり身に付けていた。

独立して何年もたつので経験も豊富だ。

何人かに作品ファイルを見せてもらったが圧倒的な技術と量だった。

一年生の僕のとは大違いだ。

先は長く時間は少ない。ノンビリなんかしていられない。早く追いつきたい。

自分らしい表現方法、自分らしいスタイル、自分らしい、自分らしい、、。

僕は暇を見付けてはギャラリーや画材店をうろついていた。

そんな時、何気なく立ち寄った画材店でオイルパステルのセットを見た。

僕はそのマットな質感と柔らかいパステルカラーの色に一目で魅了された。

なんて美しい画材なんだろう。

大げさではなく電気ショックの様な衝撃だった。

これが今に至るまで使い続ける事になる画材との出会いだった。

僕は早速オイルパステルを買い、急いで家に帰ると1点描いてみた。

「これだ!」

ピン!と来た。まさにそんな感じだ。

あまりの嬉しさに踊り出したのを今でも覚えている。

僕はその日から今まで使っていた画材を使うのをやめ、

以降オイルパステルだけで絵を描き始めた。

相性があったのだろう。時間を忘れて毎日オイルパステルに没頭した。

オイルパステルはマットな美しい発色が魅力だ。

食べたくなる様な色だ。実際ちょっとかじってみた。

でも大丈夫。

オイルパステルは指を使って描く事が多いので人体に無害な素材で作られている。

でも美味しくはなかった。

ところでオイルパステルを使い始めて数年経った頃、同じオイルパステルを使って制作している作家の友達が欲しくて公募展に応募してみることにした。

ところが美術界ではオイルパステルという画材は子供の画材という扱いになっているらしく、どこの公募展も参加させてくれない。

知らなかった。

そんなのアリ???

ひどくない???

それでも色々探していたら日本パステル協会という美術団体があって、そこの公募展だけは唯一オイルパステル画の参加を認めていた。

同じパステルの仲間だからね。そう来なくっちゃ。

公募展に出した作品は運良く入選してパーティーに招待された。

これでオイルパステルの作家の知り合いが出来るといそいそと出かけて行った。

なんと言っても日本で唯一の協会だから日本中のパステル作家が集まっている。

パーティーは入選した人たちでごった返し大盛況だ。

その中で協会の会長さんたちが集まっているグループを見つけた。

いたいた。

図々しく近づきニコニコと話しかけた。

「あの~~。僕はオイルパステルで絵を描いているのですが、同じオイルパステルの作家の知り合いが欲しいと思っていますがご紹介していただけないでしょうか」

「えっ?オイルパステル??そんな作家は知らないな~~」

「えっ?」

「多分君一人じゃない?」

他の先生方にも聞いたが誰も知らないという。

マジかよ。

俺だけ?

ひとりぼっちなの??

これも結構な驚きだったが、

「つまり先駆者ってことじゃん」

と都合良く考える事にして、さらに鼻を膨らましていた。

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